長い自己紹介

目次

仕事に対するポリシー、ミッション

今のような考え方になるまでには、それなりに時間がかかりました。はじまりのところから書きます。

「管理」を知らないまま働いていた

地元である宮城県遠田郡涌谷町で幼少期から過ごし、学生時代を経て、順調に20歳で就職しました。1999年のことです。時は過ぎ、今では27年が経ちました。

当時の私はサラリーマンで、目の前の仕事に対して右も左もわからないまま、ただただ作業をしていました。スケジュールをきちんと管理することもなく、計画も立てず、来たものから順に手をつけていく。「管理」という体制を、まったく意識していなかったのを覚えています。

今の私の立場は、人に指示を出したり「情報や時間の管理」をしたりと、周りの調和役や進行役を担うことが多い。当時の無鉄砲さは、恥ずかしい限りです。

管理を覚えたのは、自分で背負うようになってからでした。人の時間を預かり、決めた期日に責任を持つ。その立場にならないと、なぜ管理が要るのかは本当のところ分かりませんでした。

無鉄砲は、裏返せば攻めの姿勢

とはいえ、そんな無鉄砲な部分も、言い換えれば「攻めの姿勢」でした。

歳を重ねると、この攻めの姿勢がだんだん「守りの姿勢」に変わってきます。経験が増えるほど、失敗する形のほうが先に見えてしまう。見えるから、手前で止まる。慎重さでもあるのですが、放っておくと止まる理由ばかりが増えていきます。

守りが悪いわけではありません。ただ、守りだけになると新しいものは何も出てきません。攻めと守り、どちらに寄りすぎてもうまくいかない。ここもバランスの話だと思っています。

あの頃の熱量を、忘れないようにしている

今の私から当時の私を俯瞰的に見れば、「まったくもってやれていない」と思うかもしれません。

しかし当時の私は、初心の情熱に満ちていて、勢いがありました。あの頃の私でなければ発揮できない熱量でした。技術も段取りも今のほうが上ですが、熱量だけは当時に敵いません。

これは絶対に忘れてはいけないことだと思っていて、いつも振り返るようにしています。新しいことに手を出したくなるのも、たぶんここが残っているからです。

ウェブの仕事

ウェブの仕事のニーズは、「作成」から「運用」にシフトしています。私自身、2006年ごろまでは「ウェブデザイナー」として、作る側の仕事をしていました。今のウェブの仕事は、見た目の美しさを追求するだけのものではありません。売上を伸ばす、サービスをよくする。経営のすぐ隣にある仕事だと考えています。

ウェブサイトを作ること自体が目的になってはいけません。その先にある、本当にやりたいことを叶えるための手段です。作って終わりではなく、その先まで一緒に考える。そういう立場でいたいと思っています。

経営スタンス

2002年9月に個人事業として独立し、2007年7月に法人化しました。以来23年、経営者として過ごしてきました。

日本の法人の存続率は数パーセントと言われる中、よく「すごいですね」と言われることも多いのですが、継続や撤退の理由はさまざまあると思います。規模を大きくすればコストや規模のリスクを伴いますし、かといってフリーランスの規模では、こなせる仕事と成長の伸びしろに限界があります。

ビジネスにおける全てが、バランスだと考えています。立ち位置、関わる人々、場所、スキル、人脈、生活スタイルなど、あらゆるバランスがフィットすると無駄なく自然体な経営ができると思っています。戦略的ではないのですが、このバランス感覚に対する嗅覚や方向性にムリがないため、20年以上の年月を重ねることができました。

裏を返せば、バランス感覚が悪い場合、経営・ビジネスの永続性に影響するのだと考えます。

「飛躍」と言う言葉は苦手です。羽ばたいてしまうと、いつかは必ず下降を伴います。死ぬまで上昇できれば文句ナシですが、飛躍し続けるバランス感覚は永遠の課題です。

持論

持論では「低空飛行」が理想です。いつでも着陸できるし、がんばればちょっと上昇できます。

2021年7月に、涌谷町の広報誌に掲載いただきました

Era Web Architectsのライブ配信に出演しました

2023/03/24 にライブ配信 Era Web Architects #123
テーマ: 飛躍ではなく低空飛行が理想
ゲスト: 赤間公太郎

Era Web Architects #123

講師という仕事

出身校に、教える側で戻った

仙台市内の専門学校で、2007年から非常勤講師の仕事をしています。今年で19年目になります。

その学校は、私自身の出身校です。学生として通った教室に、教える側として戻ることになるとは思っていませんでした。卒業したあとも関わり続けられるのは、特別な縁だと感じています。

「人間力」と「技術力」を渡す

学校の仕事には「教育」と「専門知識」の両面があります。言い換えると、「人間力」と「技術力」の指導です。

技術力のほうは、教える内容がはっきりしています。手順があり、正解があり、できたかどうかも目に見えます。難しいのは人間力のほうです。こちらは教科書がありません。約束を守ることから、分からないことを分からないと言えるかどうかまで、伝え方を毎回考えることになります。

ただ、仕事の現場で効いてくるのは、たいてい後者です。技術は入ってからでも覚えられますが、姿勢のほうは後から直すのが難しい。

人に教えるには、3倍の知識が要る

「人に教えるには3倍の知識が必要」という理念で、これまでやってきました。

自分では分かっているつもりのことでも、人に説明しようとすると途端に穴が見つかります。なぜそうなるのかを聞かれて、答えに詰まる。調べ直して、ようやく自分の理解が浅かったと気づく。その繰り返しです。

結局のところ、いちばん勉強させてもらっているのは私のほうかもしれません。この仕事に携わることが、自分のスキルアップや人間力の向上につながっています。

同じ授業を、二度はできない

相手は毎年変わります。去年うまくいった伝え方が、今年は届かない。教える中身のほうも、ウェブの技術は数年経てば変わってしまいます。同じ授業を繰り返せない仕事です。

難しいけれど、実に面白い仕事です。

こういう人と仕事をしたい

私自身の仕事スキルや、会社の仕事の規模に見合った案件を得意としています。裏を返せば、それを超えるものは正直に「できません」と言います。抱えきれない仕事を引き受けて迷惑をかけるより、そのほうがお互いのためだと思っています。

こんな進め方だと、力を出せます
  • 規模はほどほど。目と手が届く範囲で
  • 決める人と、直接話せる
  • 「まず、やってみよう」から入れる
  • 新しいことを試させてもらえる

規模はほどほどがちょうどいい

大規模な案件は、正直なところ手に負えません。会社の規模と、割けるリソースの都合です。

無理に背伸びをすれば、体制を膨らませることになります。人を増やし、コストを増やし、そのぶんのリスクを抱える。前にも書いたとおり私は「低空飛行」が理想だと思っているので、ここは欲張らないようにしています。

身の丈に合った仕事のほうが、目も手も届きます。届くから、細かいところまで面倒を見られる。結局それがいちばん喜んでもらえる、という実感があります。

決める人と、直接話したい

稟議は速いほどありがたいです。スタートしないことには、何もはじまりません。

困るのは、決める人が話の場にいないことです。提案が担当の方を経由し、上長を経由し、また戻ってくる。伝言ゲームのあいだに意図が削れていき、返ってくるのは「持ち帰ります」ばかり。これでは判断の材料も渡せません。

意思決定者と直接話せると、その場で決まります。だめならだめで、すぐ次の案を出せる。速いというのは、それだけで価値です。

まず、やってみる

フットワークは軽くいきたいです。「まずはやってみよう」から入れる相手だと、話が早い。

ウェブの仕事は、やってみないと分からないことが多いです。机の上で完璧な計画を立てるより、小さく出して、反応を見て、直す。そのほうが速いし、失敗も小さくて済みます。

試させてもらえると、ありがたい

新しいことにチャレンジさせてくれる仕事が嬉しいです。仲の良いお客さんにはよく「格安でいいので実験させて!」とお話しします。聞きかじった知識や、新しく調達した道具・機材を試したいことが多く、実戦に投入したいのです。

もちろん、こういった鉄砲玉的な思考には、ミスや期待はずれの結果、何度もやり直しといったリスクが伴います。それでも、新しいことに手を出した経験は次の仕事に効いてきます。試させてもらったぶんは、必ず別の形でお返ししているつもりです。

そのぶんは、必ずお返しします

そういった部分を含めて理解してくれる人には、「貢献したい」「もっとがんばりたい」と思えるものです。

失敗を恐れず、寛容で理解のある人と仕事がしたいと常に望んでいます。そういう人には、持てるスキル・アイデアで最高のお返しをします。

こういう人はちょっと苦手

相性の話です。悪口ではありません。ただ、合わない組み合わせで無理に進めても、お互いに消耗するだけなので、正直に書いておきます。

反対に、こうなると噛み合いません
  • 「業者」として扱われる
  • 理由のない否定から入る
  • 判断が先送りされ続ける
  • 済んだ話が蒸し返される

「業者」として扱う人

いちばん苦手なのは、こちらを「業者」として扱う人です。

言われたものを、言われたとおりに作って納める。それだけの関係なら、私でなくてもいい。ウェブサイトを作ること自体は目的ではなく、その先にある本当にやりたいことを叶えるための手段です。手段の担当者としてだけ呼ばれると、いちばん役に立てる部分を出せません。

一緒に考える相手として見てもらえるかどうか。ここが分かれ目だと思っています。

「いや」「だって」「でも」から入る人

「いや、」「だって、」「でも、」が多い人は苦手です。

否定から入る癖のある人と話していると、こちらもだんだん口が重くなります。出しても最初のひと言で止まると分かっているからです。結果、無難な案しか出さなくなる。それは相手にとっても損なはずです。

反対されること自体は構いません。「それはこういう理由で難しい」と言ってもらえれば、次の手を考えられます。困るのは、理由のない否定です。

判断を先送りする人

失敗を恐れる気持ちは分かります。ただ、慎重が過ぎると、その空気は周りにも移ります。守りに入った場からは、守りの案しか出てきません。

確認がひとつ増え、資料がひとつ増え、そのたびに判断が先へ送られる。決まらないあいだにも、世の中のほうは動いています。慎重にしていたつもりが、いちばん大きな機会を逃していた。そういうことが起こります。

ウェブは、あとから直せます。出してみて違えば変えればいい。完璧を待つより、そのほうが間違いは小さく済むと思っています。

済んだ話を蒸し返す人

済んだ話を、いつまでも蒸し返す人も苦手です。

ミスがあれば直します。原因も説明します。ただ、それが片付いたあとも同じ話が続くと、次の一歩が出しづらくなる。前に進むための打ち合わせが、後ろを振り返るだけの時間になってしまいます。

言いたいことは、その場で言ってもらえるとありがたいです。そのほうが早く直せますし、こちらも引きずらずに済みます。

とはいえ、ここに挙げた「苦手」は、ひとつ前に書いたことの裏返しにすぎません。相性が合う人とは、長くお付き合いさせてもらっています。

仙台で仕事をするということ

離れることも考えたが、残った

勤めていた会社を辞めるとき、いったん仙台(宮城県)を離れることも考えました。

結局、移住はせずに残りました。仙台という土地柄が好きだったからです。住み慣れた土地というものは、やはりいいものです。

実家にすぐ帰れるというのも、ひとつの親孝行の形だと思っています。すぐ帰れる距離にいる。それだけのことですが、離れてしまえば当たり前ではなくなります。

近くにいる、という価値

ウェブの仕事(作業)そのものは、場所を問わずどこでもできます。離れた相手とやり取りをするのも、今では珍しくありません。

それでも、物理的な距離に起因する「近くにいる安心感」は貴重なものです。何かあったときに顔を出せる。打ち合わせのついでに、細かい相談を拾える。この積み重ねは、遠くにいると難しいものです。

デザイナーとして働いていた会社でお世話になったクライアントとは、今でもお付き合いがあります。近くにいたから続いた、という面は確かにあると思います。

このあたりが、仙台にこだわる理由かもしれません。

趣味・嗜好

さまざまな趣味を経て今に至ります。よく「パソコン詳しいですよね」「仕事が趣味ですよね」などと言われますが、私の家にパソコンはありません。毎日ノートパソコンを持ち歩いて(持ち帰って)はいるのですが、家で開くことは稀です。子供や家族と過ごす時間でめいっぱいなんです。

趣味としては、昔は車のカスタマイズ、楽器(ギター、ベース、ドラムなど)が好きでバンド活動をしたりと、興味が少しでもあれば経験、体験をしていました。

凝り性なのだと思います。はじめると一通りやらないと気が済まず、自分なりに納得したところで、ふっと熱が引く。飽きっぽいとも言えるのですが、そのとき覚えたことは妙に残っていて、まったく関係のない場面で急に役に立ったりします。

ここ数年の趣味で言えば「クレジットカード」と「飛行機」と「買い替え」が趣味です。

並べてみると脈絡がないようですが、自分では同じことをしているつもりです。仕組みを調べて、いちばん良い組み合わせを探して、試して、また組み替える。仕事でやっていることと、たぶん変わりません。

クレジットカード

いわゆる「ポイ活」なのですが、はじめはコンビニ(セブンイレブン、ファミリーマート、ローソン、ミニストップ)でどの支払い方法をすれば一番得なのか、を考えそれぞれに特化したサービスやクレジットカードを作り使い分けたのがきっかけです。

一枚ですべてを賄えるカードは存在しません。この店ではこの支払い方法、この買い物にはこのカード、と最適が細かく分かれます。だったら分けたほうがいい、と考えていくうちに枚数が増えました。

好きが高じて、今では70枚を超えるカードを所持しています。

ここまで来ると、管理のほうが本体です。年会費のかかる日、更新の月、使い切らないと消えてしまう特典。覚えておくのは不可能なので、こちらも仕組みで管理しています。管理できない在庫は、持っていないのと同じどころか、損に変わります。

面白いのは、得をした金額そのものではありません。条件を読み解いて、いちばん良い組み合わせを見つけたときの感覚です。パズルに近いのだと思います。

ですから、人に勧めるときはまったく別の話になります。70枚を持ちましょう、と言ったことは一度もありません。たいていの方は2〜3枚で十分ですし、そのほうが得です。自分がやりたくてやっていることと、人にとっての最適解は、分けて考えるようにしています。

飛行機

ポイ活を行っていると、その価値や魅力に魅せられ、たどり着くのが「マイル」です。楽天ポイントは1ポイント=1円なのですが、1マイル=2円以上をはじき出し、国際線のビジネスクラスやファーストクラスにおいては、1マイル=15円という価値にも昇華します。

同じ1マイルでも、使い方次第で価値が何倍にも化ける。ここがマイルの面白さです。貯めたマイルで、海外旅行をたくさんしました。

しかも、特別なことをして貯めているわけではありません。普段の支払いを、貯まる形に置き換えているだけです。日々の生活がそのまま旅に変わっていく。この感覚がたまりません。

記録が残っているぶんだけでも、これだけ飛びました。

  • 2011年 ソウル
  • 2012年 ソウル
  • 2013年 ハワイ/香港/釜山
  • 2014年 ハワイ
  • 2015年 イタリア/釜山
  • 2016年 台湾/グアム
  • 2017年 ニューヨーク/ソウル/インド
  • 2018年 台湾/上海/ドイツ
  • 2023年 ロサンゼルス
  • 2024年 台湾
  • 2025年 ハワイ

各国に、マイルを使ってほぼタダ旅をさせてもらいました。

旅先では、有名な観光地よりも、市場やスーパー、地元の方が普通に使っているお店に行くことが多いです。売っているもの、値段の付け方、店員さんの働き方。そういうものを見ているほうが、その国のことが分かる気がしています。

撮った写真を、少しだけ。

このほか、仕事での渡航もありました。2013年にミャンマー、2018年と2022年にタイへ。

仕事のほうは、こんな景色でした。

旅から持ち帰るのは、土産よりも「当たり前の違い」です。

日本では当たり前の手順が、よその国ではまるで通用しない。逆に、こちらが不便に耐えていたことを、向こうはとっくに別のやり方で片付けている。そういう場面に何度も出会いました。

これは仕事にそのまま効きます。自分の当たり前を、いったん疑ってみる。ウェブサイトを作るときも、「普通はこうですよね」で通り過ぎた部分ほど、あとから見直すと直せる余地が残っています。

買い替え(アップデート)

「趣味は何ですか?」の答えに対し、最近は「買い替え」とお話することが多くなりました。

買い替えといっても、次々に新しいものへ乗り換えたいわけではありません。むしろ逆で、もう買い替えなくていいものにたどり着きたくて、買い替えています。

例えばキッチン用品。皿、器、カトラリーは100円ショップでも品質の良いものを買えますし、ニトリやイケアに行けばデザイン性の高いものもたくさん手に入ります。

目的にあったものが最良ではあるのですが、何かを手にしたとき、「もっといいものがあるはず」と比較対象をすぐに作りがちです。そのジャンルにおいて自分の中で比較対象がなくなり、これ以上のものはない、と感じたときに手にするものの最高峰を感じられます。もちろん、高価なものは良いものであることが多いのですが、ここで言う比較対象は、金額ではなく「自分にとっての最良か」がポイントです。

そこにたどり着くと、探さなくてよくなります。調べる時間も、迷う手間も、まるごと浮く。効率化が好きなので、たぶんここが本当の目的です。

行き着く先は、たいてい業務用

身の回りのものを揃えていくと、その最高峰は業務用にたどり着くことが多々あります。例えば最近、フォーク、ナイフ、スプーンなどのカトラリーをごっそり買い替えたのですが、最終形態は遠藤商事の セピアヘリテイジ シリーズでした。

業務用が強いのは、毎日何百回と使われる前提で作られているからだと思います。飾りがなく、丈夫で、割れても同じものを一個から買い足せる。長い目で見れば、むしろ安く付きます。

食器は無印良品を愛用していて、満足するとまた違う何かを求めて、Francfrancだったり雑貨屋のものだったりといろいろと試すのですがイマイチ定着しません。あるときイタリアンバルで目にしたセピアヘリテイジに惹かれ、揃えて愛用するようになりました。使うたびに「お気に入りのバルと同じものだ」と思える。品物そのものの良さに、こうした気分の良さが乗ってきます。そこが業務用の面白いところだと感じています。

ただ、はじめから最高峰を買えばいい、という話ではありません。安いものを一度使ったからこそ、何が足りないのかが分かります。回り道をしたぶんだけ、自分の基準ができる。買い替えという趣味は、その基準を作っていく作業なのかもしれません。

効率化について

楽をするために、手間をかける

性格的なものが強いのですが、「効率化」が大好きです。例えば書類のファイリングや仕分けなど、単調な作業であればあるほどパターンを見つけてはリアルタイムに改善をこなします。何度も同じ繰り返しをするわけですから、少しでも手間を省いた方がいい、ミスをなくした方がいい、早く終わる方がいい。常にそんなことを考えて仕事をしています。楽することは正義です。

ただし、楽をするための準備そのものは、たいてい面倒です。仕組みを作る時間だけを見れば、手でやったほうが早い。それでも先に作っておけば、二回目からは一瞬で終わります。最初の一回を惜しむかどうか、それだけの差です。

判断の基準は「回数×時間」

パソコンで何度も入力する名前や住所は、生涯何百回何千回と入力します。こういったものは、アプリの単語登録をすれば済む話です。私達の当たり前は実は不便で非効率なことが山程あります。しっかり向き合い、改善すべきです。「人生ソンしてた…」を見つけることが第一です。

見極め方

見極めるときは「回数×時間」で考えます。一度きりの作業を凝って自動化しても、たいてい元は取れません。逆に、毎日数秒しかかからない作業ほど、放っておくと生涯で何十時間にもなります。小さくて頻度の高いものから潰していくのが、いちばん効きます。

削っていいもの、削ってはいけないもの

とはいえ、何でも削ればいいわけではありません。手順は削れますが、人とのやり取りは削らないようにしています。確認の一往復、状況を先に伝えておく一言。ここを省くと、あとでその何倍も時間を使うことになります。

効率を極めるということは、時間と、精神的・肉体的な健康を確保することにつながります。

そして、浮いた時間で何をするかまで含めて効率化だと思っています。空いた枠にまた仕事を詰めるだけなら、忙しさは何も変わりません。

思考術

めんどくさい、が原動力

めんどくさい、がすべての原動力です。「極力何もしない」を意識し、「いつも何度も行っている作業を楽にしたい」と考える。真逆で矛盾しているように思いますが、この2つは両立できます。いかにやらないか。仕事を行う上で非常に大事な考え方です。

面倒だと感じるのは、そこに無駄がある合図だと思っています。我慢強い人ほど、その合図を見逃してしまう。面倒くさがりであることは、この仕事では割と役に立ちます。

考えるのは、最初の一回だけ

同じことを毎回考え直さないようにしています。使う道具、書類の置き場所、打ち合わせの進め方。一度決めてしまえば、次からは迷いません。

迷っている時間は、目に見えないぶん厄介です。決めごとを増やしておくと、頭は本当に考えるべきことのために空けておけます。

覚えない。外に置く

記憶に頼らないようにもしています。覚えていることを前提にした段取りは、忘れた瞬間に崩れます。予定も、手順も、思いついたことも、まず外に出す。

私は専門学校時代からMacを使い続けて29年になりますが、お気に入りのアプリにKeyboard Maestroがあります。いわゆる「マクロを組む」アプリです。Excelのマクロと違うのは、アプリをまたいでMacの操作そのものを自動化できる点。キーボードやマウスの一連の操作をあらかじめ登録しておき、わずかなキータッチで呼び出します。これまで地道に、しかも非効率にやってきた作業から一瞬で解放してくれる。時短になり、手間が減り、ミスも減ります。

持論

頭の中に置いておくのをやめて、道具に預ける。そのぶん空いた場所で、次のことを考えられます。

苦労することが正義とは限らない

飴色玉ねぎは、レンジでいい

料理をするとして、飴色玉ねぎを作るのに弱火でじっくりと、何十分もフライパンに向き合う必要があります。しかし、電子レンジを使うと、ものの数分で同じクオリティのものが作れます。

ここでのポイントは「苦労」ではありません。「水分を素早く飛ばす」ということにあります。科学の力で解決するなら「苦労」はすっ飛ばしていいと思うのです。

結果が大事か、プロセスが大事か

しかし「結果が大事」なものと「プロセスが大事」なものは意図が異なります。「何十分もフライパンに向き合う」ことが重要なのであれば、正解はそれになります。

仕事も同じです。時間をかけたこと自体は、価値にはなりません。相手が受け取るのは結果のほうで、どれだけ苦労したかは伝わりませんし、伝える必要もないと思っています。

一方で、自分が何かを覚えるときは、近道をしないほうがいい場面もあります。身についたことは、たいてい面倒な手順を一度は通ったものです。ここまで効率化してしまうと、結局あとで遠回りになります。

どっちも正解、から選ぶ

持論

どっちも正解、から最適解を都度選ぶ思考が大事です。

大事なのは、どちらかに決めてしまわないことです。楽をするのが常に正しいわけでも、手をかけるのが常に偉いわけでもない。今回はどちらなのかを、その都度考える。それだけのことですが、これを飛ばすと、やり方のほうが目的になってしまいます。

在庫という考え方

家の理想は、倉庫かコンビニ

在庫が好きです。家の理想は倉庫やコンビニ。「業務用」が好きなのかもしれません。消耗品に関しては、次のサイクルのための在庫は必ず確保しています。安心の過剰摂取にもなり得るのですが、増えた在庫を整理する片付け術も同時に身につきます。

切らして困るものほど、多めに持っておきます。買い足しに走る時間も、無いと気づいたときの小さな苛立ちも、要らないものです。

もちろん、持ちすぎれば場所を食いますし、使わないまま古くなるものも出ます。ですから在庫は、増やす技術と減らす技術がセットです。片方だけだと、ただ物が溜まっていきます。

スキルにも在庫がいる

また、物理的な在庫以外にも、スキルの在庫ストックも重要です。それは知恵だったり知識だったりします。精神的、知識的にも余力がある状態で仕事に望めば、考える幅や柔軟性が広がります。

すぐ使う予定のない知識ほど、あとで効いてきます。役に立つと分かっているものだけを覚えていると、想定どおりの仕事しかできません。回り道の経験が、そのまま引き出しの数になります。

時間と気持ちにも、余白を

予定を埋め尽くさないようにもしています。全部埋まっていると、急な相談を受けられません。何かあったときに動ける余白があるかどうかで、仕事の質はずいぶん変わります。

余力がないと、判断が雑になります。断れなくなり、確認が甘くなり、いつもならしないミスをする。前に書いた「低空飛行が理想」というのも、突き詰めれば同じ話なのだと思います。

こういった理由により「在庫」という概念が好きです。

最後に

ここまで、ずいぶん長くお付き合いいただきました。ありがとうございます。

結局、同じことを書いていました

書き終えて読み返すと、仕事の話も趣味の話も、言っていることは同じでした。仕組みを見つけて、楽をして、余白を作って、その余白で次のことを考える。話題が変わっても、やっていることは変わりません。

順番としては、たぶん逆です。立派な方針が先にあったのではなく、面倒くさがりで凝り性という性格が先にあって、それでも回るやり方を後から見つけただけ。そう考えると、ここに書いたことはほとんど、自分に向けた言い訳のようなものかもしれません。

このページも、書き替えていきます

考えは変わります。数年前に正しいと思っていたことを、今は違うと感じることもあります。それでいいと思っています。

この「長い自己紹介」も、そのときどきで書き替えていくつもりです。捨てて作り直すのではなく、直して使い続ける。買い替えの話と同じで、そのほうが性に合っています。

気軽に声をかけてください

ここまで読んで「合いそうだ」と思っていただけたなら嬉しいです。合わなそうだと思われたなら、それはそれで、この文章は役目を果たせています。長々と書いているのは、たぶんそのためです。

ご相談は、まだ形になっていない段階のものこそ歓迎です。「何をすればいいのか分からない」というところから一緒に考えるのが、いちばん力になれる部分だと思っています。

仙台にいます。近くの方は、お茶でも飲みながら。遠方の方は、画面越しで。お問い合わせからご連絡ください。

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